トヨタ自動車は2026年9月中旬、ベルギーにある欧州統括会社トヨタ・モーター・ヨーロッパ(TME)で開いた投資家向けの技術説明会で、2028年以降に世界約60の工場を刷新する計画を明らかにしました。年間約1兆円(約64億ドル)規模の投資を見込み、配備するロボットは既存設備の更新も含めて約40万台と見積もっています。内訳はトヨタ本体の車両工場に15万台、部品や素材を手がけるグループ企業とサプライヤーの拠点に25万台です。推進役として新組織「トヨタ ロボティクス」も立ち上げ、志賀武文・モノづくり技術本部長がリーダーに就きました。中核となるのは、2本指のアームを2本備え、車輪で移動する重さ約50キロのヒト型ロボット「ELEY(エリー)」で、熟練工が手の動きを教え込み、ロボットが学習して自律的に作業する仕組みです。中嶋裕樹副社長(最高技術責任者)は「ロボットが人と共存する世界を目指す」と述べ、大規模な自動化でも人を置き換えるのではなく、人とロボットが並んで働く工場をつくる方針を示しました。スペインでもマルカ紙などが「労働者にロボットを訓練させ、代替はしないと約束」と報じ、労働組合の強い欧州第2位の自動車生産国で自動化と雇用の両立を考える材料になっています。
発表の中身:年1兆円、60工場、40万台の内訳
今回の計画は、老朽化した工場の建て替えや改装に合わせてロボットを入れていく長期投資です。開始は2028年以降で、投資額は毎年約1兆円規模を見込み、対象はトヨタとグループ会社が世界に持つ約60の工場とされています。40万台には従来型の産業用ロボットの更新も含まれますが、軸になるのは人の実演から動作を学ぶ「フィジカルAI」を搭載した新世代のロボットです。頭脳にあたるのは、米国のトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)が開発してきた大規模行動モデル(Large Behavior Models、LBM)で、人間の動作データから「どう手を動かすか」を学ばせる生成AIです。ELEYは頭と胴体、2本のアームを持つ上半身ヒト型で、移動は二足歩行ではなく車輪です。
実演では、従業員がロボットの指の形に合わせた治具を手に着けてTシャツをたたむ動作を約2週間、およそ1,500回繰り返して教え込み、ELEYがほぼ完璧にたためるようになる様子が示されました。トヨタは熟練工の技能をこの方法でデータ化し、次の世代に引き継ぐ狙いを説明しています。
「代替しない」の中身と、まだ示されていないこと
中嶋副社長の「共存」という言葉は、トヨタが長年掲げてきた「自働化」の思想と地続きです。にんべんの付いた自働化は、機械が異常を検知したら自ら止まり、人が判断して改善するという考え方です。今回の構想で人に割り当てられる役割は、教える、監督する、改善するの3つで、単純反復の作業から人を外し、訓練と監督、工程の改善に人を回すという説明です。
ただし、報道で伝えられている範囲では、40万台の配備が各工場の人員数にどう影響するのか、配置転換や再訓練の規模はどれくらいかといった具体的な数字は示されていません。「代替しない」という言葉は解雇しないという約束と同義ではなく、退職者の補充を減らす形で人員が縮んでいくこともありえます。自動車業界では、米テスラの「オプティマス」、韓国の現代自動車グループ傘下ボストン・ダイナミクスの「アトラス」、独BMWやメルセデス・ベンツが試験する米新興企業のヒト型ロボットなど、工場へのヒト型ロボット導入は各社が競う段階に入っています。トヨタの特徴は、新興企業の製品を買うのではなく、ロボット本体とAIを自社グループで開発し、教師役に自社の熟練工を据えた点にあります。
スペインの自動車産業にとっての意味
スペインは自動車生産でドイツに次ぐ欧州第2位、世界でも上位10か国に入り、業界団体ANFACは自動車産業が国内総生産の約10%、雇用の約9%を占めると説明しています。マルトレイのセアト、サラゴサやビゴのステランティス、アルムサフェスのフォード、バリャドリードのルノー、ビトリアのメルセデス・ベンツなど、外資の完成車工場が地域経済の柱です。一方でトヨタはスペインに完成車工場を持たず、トヨタ・エスパーニャは販売会社です。25万台が向かうグループ企業やサプライヤーの拠点にスペイン国内の工場が含まれるかどうかも公表されておらず、スペインの労働者への直接の影響はいまのところ見えません。
それでもスペインで報じられるのは、電動化への移行期の各工場で自動化と雇用の関係が現実の争点になっているからです。フォードのアルムサフェス工場では2023年以降、電動化への切り替えの過程で千人規模の人員削減計画が労使交渉の対象になり、労働総同盟(UGT)や労働者委員会(CCOO)といった全国組織の組合が交渉の当事者になってきました。本稿執筆時点で、これらの組合がトヨタの計画について公式な見解を出したという報道は確認できていません。スペインの組合が注目するとすれば、「訓練役」に回れる人が何人いて、回れない人がどう扱われるのかという点でしょう。「人が教え、ロボットが覚える」という型は、スペインの工場で自動化が進むときの比較対象になりえます。
「匠」の技をデータにするということ
今回の計画で最も野心的なのは、40万台という台数より、熟練工の技能をロボットの学習データとして残すという発想です。トヨタが「匠」と呼ぶ熟練工は約1万8,000人とされ、塗装の仕上げや部品の組み付けのように、言葉にしにくい感覚に支えられた作業を担っています。大規模行動モデルは、人が治具を着けて実演した動作を大量に記録し、そこから動きの規則性を学びます。Tシャツを2週間で1,500回たたむという実演は、その学習に必要な反復の量を示すものでもあります。
ただし、Tシャツをたたむ動作と、公差の厳しい自動車部品を組み付ける動作とでは、求められる精度も失敗のコストも違います。配備の開始が2028年以降とされているのは、その差を埋めるための時間と見ることもできます。もう一つの論点は、技能をデータ化した後の処遇です。熟練工が長年かけて身につけた技能が会社のデータ資産になったとき、その熟練工の評価や賃金にどう反映されるのかについて、今回の説明会で踏み込んだ言及があったとは伝えられていません。欧州では、EUのAI法が雇用や労働者管理に使うAIを高リスクの分類に置くなど、職場のAI利用に対する規律が整いつつあり、この計画も欧州の工場ではその枠の中で運用されることになります。
日本の読者への解説
日本ではこのニュースを日本経済新聞が9月中旬に報じ、「内製ロボ40万台」「毎年1兆円」という数字が注目を集めました。日本の読者にとっての第一の論点は、国内工場への波及です。約60工場のうち日本国内の工場がどう含まれるかは公表されていませんが、人手不足と高齢化が進む日本の製造業で、熟練工の定年退職とともに技能が失われる問題は長く指摘されてきました。人がロボットに教えるという方法は、この技能継承の問題に対する一つの答えになりえます。
第二の論点は、労使関係の違いです。スペインでは全国組織の組合が工場ごとの人員計画に交渉で関与し、自動化はしばしば対立の争点になります。日本のトヨタ労働組合は会社との協調を基本とし、配置転換や再訓練を通じて雇用を守る方式が定着しています。同じ「代替しない」という約束でも、スペインではそれが交渉で担保されるべき条件として、日本では会社の方針として受け止められる傾向があります。約束の守られ方を誰が検証するのかという仕組みの違いとして見ると、今後の展開が読みやすくなります。
第三に、今後確認すべきなのは、2028年以降の配備開始時に工場ごとの人員数、再訓練の内容、訓練役の処遇が公表されるかどうかです。今回の発表は方針と規模を示した段階で、約束の中身はこれから明らかになります。













